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2015年5月14日
第3話 rencontre
アイロニーはもともとマンションの1室でのウェブショップからスタートした店で
今も店頭販売よりもウェブショップからのオーダーのほうが多い。
芦屋の店も、人通りの多いところとは言えないし、
青山店にいたっては、表参道から根津美術館へと向かう通りでカルティエやプラダの並びとはいえ
友人でさえみつけられないほどわかりにくい古いビルの2階にある。
ふらっと通りかかりに来店する人はほとんどいない。
インターネットを通じて見つけてくれた人が店に行ってみようと思ってきてくれる。
近くの人や通りかかりの人の要望に幅広く応えられるというより
こういう花がいいと思う。というのを打ち出して、気に入ってくれた人だけが来てくれる。
そういう店のほうがきっとお客さんの満足度は高くなる。
ブログやTwitter、Facebook なども積極的に活用してきた。
なかでもFacebookはアイロニーのページが25000フォロワーを越え、
小さな店にとってはとても大きな効果を持つメディアとして育っていた。
全くパリ進出の予定は立ってなかったころだったがパリを住む人に有料のターゲット広告を出し始めることにした。
年に一度だけ10日程度撮影にいくのが精一杯だったおれのせめてものパリ進出への投資だった。
おそらくはそれを見てくれたんだろう。
徐々にフランス在住という人のフォローが増え始めた。
そのなかで一人の女性がうちの花をすごく気に入ってくれたようで何枚も何枚も過去にさかのぼってたくさんの写真に"いいね"をしてくれた。
クレモンスというその女性は、その後も写真をアップするたびに必ず"いいね"をしてくれたりシェアしてくれたりしていたので、
お礼とともに、いつかパリに店を出したいと思っているから、そのときは店に遊びに来てね。というようなメッセージを送ってみた。
すると彼女は、いかに俺の花が好きかをたくさん書き綴ってくれて、彼女自身も以前パリで花の仕事をしていたし、
彼女の弟はなんとパリの有名花店ラルチザンフローリストのディレクターのグレゴリーだという。
フローリスト仲間なのかと急に嬉しくなって、めちゃくちゃな英語で色々と話をした。
彼女は最後に We keep in touch と言って俺のパリ出店を心待ちにしていると言ってくれた。
そしてそれから少し経ったころクレモンスの友達のフランス人男性が同じようにものすごくたくさんの写真にいいねをしてくれていた。
彼も俺の投稿をシェアし、新しい才能に出会ったみたいなことを書いてくれていた。
おれはまたメッセージを送り、この人にも、いつかパリに店をだすから待っててねと言った。
彼の名前はジェローム。彼も花関係の人なのかなと思ったが、バッグなどをデザインをしていたというので、検索してみると
たくさんの記事や写真がヒットした。
彼の名を冠したバッグのブランドは以前はサントノーレ通りに店を構えていて、日本でも多くのセレクトショップなどで取り扱いがあったようだった。
彼はこのブランドで成功を収めて、今はもうファッションの仕事をやめ、マウイとカンヌとパリを行き来しながら生活をしていると言っていた。
ジェロームは、デザイナーというより、アーティストのようで、
創作はずっと続けていて、その一時期にバッグやジュエリーを作ったようだった。
彼が話す創作についての話には惹きつけられるものがあったし、
彼も俺の創作についてリスペクトをもってくれているようだった。
そしてジェロームも幾つかのメッセージのやりとりのあと
We keep in touch.と言った。
よく使われる言葉なのだろう、しかし俺は英語で会話するようなことはあまりなかったので
このWe keep in touch という言葉がとても好きになった。
パリに出店するとは言いつづけているものの、日本の二つの店を安定させるのが精一杯で
いつになれば動き出せるのかと思っているころだったので
Facebook上とはいえ、フランスに俺の花を気に入ってくれている
知り合いができたことは単純に嬉しかった。
それから数ヶ月後、
思いもしなかった展開でアイロニーのパリ進出は現実味を帯びてきたのは2話で話した通り。
毎月パリに来て物件を探そうと思い通い始めた2014年の6月。
Facebookにアップしていたパリで撮影したブーケの写真を見てジェロームがメッセージを送ってきた。
パリに来てるのか?ランチかディナーに行こう。と。
うん、そうなんだ。いよいよパリに店を出そうと思ってるんだ。
俺も会って飯でも行きたいけど、実は俺、フランス語は全然だめで、英語も話せないんだ。
お前とメッセージのやり取りしてる時はPCの翻訳機能を使って大変なくらいなんだよ。
そう返事したが、ジェロームは気にするな、俺たちは同じ感覚を持ったアーティストだ。
とよく分からない返事を返してきた。
翌日、オデオンに借りていたアパートの前までジェロームがアウディのコンバーチブルに乗って迎えに来てくれた。
ジェロームが言ってることはなんとなく半分くらいわかる程度だったが、
おれもすくない単語を駆使して言えそうなことを話し、通じないところもたくさんあったが、
ずいぶん昔からの知り合いのような気がして、なぜか居心地はよかった。
ジェロームは、いきつけのレストランに車を走らせながら、
クレモンスも呼ぼうぜ。と言い。
おれは、そいつはいい考えだ。と答えた。
程なくして16区にあるこじんまりとしたレストランに着き、テーブルに座ったところで、クレモンスと愛犬ローズも店に到着した。
彼女は近くに住んでいるらしい。
二人とも太陽のように明るく、そして彼女もまたおれを古くからの友人のように迎え入れてくれた。
クレモンスは俺と同い年の39歳で、二人の子供と犬と彼氏と一緒にヌイイというパリ近郊の高級住宅地で暮らしているようだった。
綺麗な人で笑い方がワイルドな役を演じるときのブラッドピットに似ている。そしてよく笑う人だった。
ジェロームは48歳、マウイとパリに半分ずつ暮らしていて、カンヌやノルマンディなど6つの家をいったりきたりしていると言っていた。
ジェロームについてはすごく興味深かった話があって、真珠で有名な日本のブランドであるミキモトの創始者、御木本幸吉さんが世界で初めて真珠の養殖に成功し、ヨーロッパに輸出しようとした時に手助けをしたのが、ジェロームの大叔父で、御木本幸吉さんとジェロームの大叔父さんが二人で決めた養殖真珠の等級が今も世界で使われているということだった。
そんなつながりもあり、彼の家はその後もミキモトとは親交があり、ジェロームも若い頃に日本によく行っていたので神戸のうまい店も俺より知っているんじゃないかというくらい名前がでてきた。
ジェロームはおれが理解していようがいまいがどんどん喋ってくれる人で、
クレモンスはおれがわかるような英語で話をしてくれた。
彼らは俺の花を本当に気に入ってくれていていろんなことを質問してくれた。
フランスで、しかもいろいろな花屋のことをよく知っている人たちに、
俺の花がこんなに伝わるのかと思って本当に楽しいひと時だった。
そして、そのときにクレモンスがこんな話をした。
私は来月パルマに引っ越しをする。今はその準備で大変なの。
しかも、来月いとこの結婚式があって、そのときの花を頼まれてるのよ。
さんざん褒められてワインもすすんで、気分の良くなっている俺は
俺は来月もパリに来てる。店はまだ見つからないし、時間はたっぷりあるから手伝ってあげるよ。と言った。
彼女は本当?本当に本当?とみたいな感じだった。
このときおれは、荷物を運んだり、水揚げを手伝ってあげたり、クレモンスのつくったゲストテーブルの見本を真似てたくさんつくったりみたいな
お手伝いをイメージしていただんだけど、その日解散して帰ったあとに届いていたクレモンスからのメッセージをみると
いとこもとても喜んでいる、あなたがやりたいようにやっていいので、お任せする。
そして結婚式にも招待したいので、近くにあるわたしたちの別荘に泊まって欲しいと。
ははは、丸投げやん。と思いながら、でもいい経験だと思ったし、クレモンスの悩みの種をなくしてあげられると思うと
おれもなかなか役に立つスキルをもっているなぁ。来月が楽しみだ!そう思ってワクワクしていた。
一方物件との出会いは散々で、条件に合うところはなかなか出てこないし、出てきてもひどいところばかりだった。
いくつかの望みの種もすべてだめだった時に、クレモンスがメッセージをくれた。
順調?店は見つかった?
俺はネガティブな話はあまり外に向けてしたくないので物件契約が大変だという話はしていなかったんだけど、
この時はちょっと弱っていたのか、クレモンスをすでに古くからの友達ように感じていたのか、
期待していた物件もすべてだめだった。と少し弱音を吐いた。
そうすると、クレモンスはすぐに、どんな条件なの?どのあたりがいいの?私が探してあげるわよ。と言った。
そしたらなぜかジェロームからすぐにメッセージがきて、
俺の友達が1区にちょうどいい物件を持っている。そこで始めるといい。この女性に連絡してみろ。
と言って、フレビーというニューヨークでジュエリーをデザインをしているという女性のFacebookアカウントを教えてくれた。
おれはすぐにメッセージを送り場所と条件を聞いてみた。
場所は1区のど真ん中の裏通り。理想的なところで物件の写真を見る限り大きさもこじんまりとしてちょうどいい感じ。
そしてなんと、営業権を買い取る必要はないという。フレビーはこう言った。
それはフランスの古い習慣で、ナンセンスだ。保証金を2ヶ月分と前家賃だけでいい。
家賃もすごく安くて、東京でちょっと広めのワンルームマンションを借りるよりも安いくらいだった。
なんてことだ!と早朝だったにもかかわらずすぐに現地にむかった。
有名なセレクトショップ、コレットの少し北側
夢のような物件だったが、おれが花屋をするにはひとつだけ大きな問題を抱えていた。
ラ・スーディエール通りというその通りにはフランスを代表する花屋の一つといっても過言ではない
花屋がすでにあった。
日本でも人気の クラリス・モローがやっているヴェルチュムだ。
他の花屋だったら気にしないし、有名店の近くで勝負を挑んできたのは、芦屋でも、青山でも同じだ。
しかし独自の世界観を丁寧につくっているヴェエルチュムのことが単純に好きだった。
なぜだか勝負したいとは思えなかった。邪魔はしたくないなぁと感じた。
ジェロームにそのことを話すと、お前たちのスタイルは違う。同じ通りに優れた花屋が2軒あることは彼女の花屋にとってもプラスの効果をもたらすこともある。と言った。
ここを逃せば、また振り出しに戻るという思いもあり、すごく悩んだ。
いろんな人に相談しているとローズバッドのヴァンソンが、クラリスとは直接面識はないけど、いいフローリストだし、いい人だと聞くよ。
挨拶に行って意見を聞いてみれば?と言ってくれた。
おれはグーグル翻訳をつかって簡単な手紙を書いて、クラリスのところに意見を聞きに行った。
クラリスはとても丁寧に対応してくれて、これは私が意見を言うことではない。あなたが決めればいい。と言った。
フレンドリーな感じではなかったけど、丁寧な対応をしてくれて、少しの間だったが店内のしつらえをみて、彼女の仕事ぶり
もさらにかんじることができて、
やはりここではやりたくないなという思いになった。
部屋にかえって、やはりあそこは諦めようとおもっているところに
進出のサポートを依頼している会社から、
花屋などの職人の職種は同じ通りの50メートル以内に同業種があると
すでにいるところが後からくるところに対して異議申し立てをして拒否できるという法律がある
と知らせてくれた。クラリスが異議申し立てをするとは思えないけど、
これで綺麗さっぱり諦められる。と踏ん切りがついた。
ジェロームとフレービーにそのこと伝えてお礼を言った。
このときはかなり期待が膨らんだのでまた振り出しに戻ったのは正直きつかった。
しかし、日本の友人と話をしているときに、どんどん縁が繋がっていてすごいね。大事にしないとね。という話になり
このフレービーとの縁も、おれが入れなかったからと言って、ここで止めてしまうのはダメなような気がして
自分の物件もまだきまっていないのに、ここに入りたい人がいないか、友人たちをあたってみた。
そしたら青山店のとなりでセレクトショップをしていた1LDKさんが面白そうですね、という話になり
するすると話が進んで驚くほどスムーズに出店することになる。ちょっとうらやましかったけどフレービーもよろこんでめでたしめでたしだ。
なにか人の役にたつことをするというのは、その一回の行為にもすごく意味のあることだと思うけど
その気持ちがつながっていくことにもっともっと大きな意味があるということに気づけた。
田舎でおふくろが、なにか農作物のお裾分けをもらったあとに、お返しをして、そしたらそのお返しにまたなにかもらって、
さらにそのお返しをを延々にやっているのを見て、いつまでやってんねん!と突っ込んでいたが、
今思うと大切なことだなぁと素直に思えるようになった。
さて、そうこうしている間に、クレモンスからもメッセージが届いた。
私の友達のお母さんがもっている物件がある。とてもいい地区だから、見に行ってみるといい。
でも少し複雑な事情があるようだから私の友達と話してみて。
そういってまたFacebookで ナターリア という女性を紹介してくれた。
複雑な事情。。。
これについては第4話で。。。
A suivre....